住民票ガイド

2013年6月5日水曜日

Fw: 頂門の一針2967号  2013・6・4(火)

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>□■■□──────────────────────────□■■□
>  わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 2967号
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>        2013(平成25)年6月4日 (火)
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>
> 乳がん増加は米国産牛肉:山堂コラム 472
>
> 中国のTPP参加に反対する:杉浦正章
>
> 沖縄は中国の領土なのか?:伊勢雅臣
>
> 岡本綾子の「私の履歴書」(2):馬場伯明
>
>            何事も初めと基礎が重要:前田正晶
>
>                     話 の 福 袋
>                    反     響
>                    身 辺 雑 記
>
>
>□■■□ ──────────────────────────□■■□
>第2967号
> 発行周期 不定期(原則日曜日発行)
>             
>               御意見・御感想は:
>                  ryochan@polka.plala.or.jp
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>━━━━━━━━━━━
>乳がん増加は米国産牛肉
>━━━━━━━━━━━
>
>
>   山堂コラム 472
>
>若いころはあれだけ好きだった牛肉———食わなくなった。
>
>銀座「スエヒロ」や新橋の「シャコ」「あら皮」など。500グラム以上の
>レア焼きステーキに歓声あげて食っていたのが嘘のよう。いまステーキと
>言えばもっぱら「豆腐ステーキ」よ。
>
>食わなくなった理由ははっきりしている。何よりも牛肉そのものが不味
>(まず)くなったこと。それに何とも危(やば)いからだ。特に米国産牛
>肉は危い。家族にも食うなと言ってある。娘や孫娘に吉野家の牛丼やマッ
>クのハンバーグは米国産に違いないから「絶対に食うな!」と。
>
>米国産牛肉の日本への輸入停止は狂牛病(BSE)が発生した平成15年の
>ことであるが、小泉へのブッシュ圧力で3年後には輸入を再開。今年の2
>月からは月齢制限も緩和された。いま米国産牛肉の国内消費割合はだいた
>い25%だと言われている。
>
>狂牛病牛肉の輸入再開問題は我が国のメディアも伝えた。狂牛病という名
>称を使ってはいかんと言う米国側の主張でBSE・・・ボール・ストライ
>ク・エラーと、何だかあまり毒気のなさそうな用語に換装しての記事だっ
>たがの。CEOやTPP、3ローマ字用語に日本人は弱い。すぐゴマカさ
>れる。
>
>米国産牛肉で日本人がゴマカされているのは実はBSEだけではない。
>もっと危険なゴマカシがある。欧州各国ではとっくに気づいていて自国民
>を守るため米国産牛肉は輸入禁止。日本で問題にならないのは新聞・TV
>が報道しないから・・・ハリウッド女優が両乳房を切除したことは大騒ぎ
>するくせに肝腎なことは報道しない。
>
>米国産牛肉には日本産や欧州産の牛肉には禁止されている成長ホルモン剤
>「エストラジオ—ル」「ゼラノ—ル」(通称エストロゲン)がテンコ盛りな
>のだ。エストロゲンの残留値は赤身で日本産の600倍、脂身でも150倍だと
>される(日本産科婦人科学会誌)。
>
>この成長ホルモン剤の牛肉が何故問題か。エストロゲンが乳がん・子宮が
>んを誘発することが実証されているから(WHO報告)。
>
>日本では現在、1年で6万人の女性が「乳がん」を発症。米国産牛肉の輸
>入を開始した50年ほど前の5倍。18人に1人の女性が乳がんに罹る。きっ
>と貴台の娘さんや親戚に乳がんが1人くらいはいる筈。
>
>ちなみに米国内の乳がんの発生率は8人に1人。これに対して欧州各国で
>は米国産牛肉の輸入を禁止したこの25年で乳がん発症率が4分3に減った
>(同WHO)。
>
>米国産牛肉が「毒入り」だということ。日本政府は承知の上で輸入してい
>るのだ。毒入り牛肉だけではない。防黴剤の果物。遺伝子組換えの穀物
>等・・・米国の輸出用食品は添加物・毒の見本市。そして日本の食品安全
>基準のハードルは高いから下げろと猛烈な圧力をかけてくる。大豆など、
>「遺伝子組換え」と表示することさえ「関税障壁だ」とイチャモン付ける
>米国のハゲタカ。
>
>TPP(環太平洋貿易協定)交渉が始まり安倍政権は日本の国益は護ると
>豪語している。しかし欧州各国が拒絶している毒入り牛肉ひとつとっても
>輸入拒否出来ないわが国の交渉力———
>
>平成の日米経済戦争はすでにミッドウェー海戦を経て餓島・比島攻防の最
>終局面へ。テメエの国の婦女子の健康さえ守れないお粗末な日本政府。国
>防軍もいいが外交で勝てなくてどんな国との戦争に勝てるというのだ。 
>
>                              (了)
>
>━━━━━━━━━━━━━
>中国のTPP参加に反対する
>━━━━━━━━━━━━━
> 
>
>        杉浦 正章
>
>意図は日米戦略へのくさびだ
>
>7日からの米中首脳会談に向けて中国がしきりと融和ムードを演出し始め
>た。狙いは習近平の国家主席就任以来最重要の首脳会談への地ならしである。
>
>
>外交・内政で何ら成果を上げていない習近平にとって、首脳会談の成功は
>今後の政権安定に不可欠の重要ポイントとなる。融和演出の一つは環太平
>洋経済連携協定(TPP)への参加の可能性をほのめかしていることだ。
>
>
>経済重視のオバマにとっても極東の緊張緩和と中国との互恵的経済関係の
>確立は、極めて重要である。しかしオバマは独走的に中国のTPP参加を
>認めるべきではない。「レアアース禁輸」を指摘するまでもなく、政治戦
>略のために貿易秩序を平気で破壊する国家である。
>
>
>その参加は、自由貿易主義の理想に180度背馳(はいち)し、米国の極東
>戦略にくさびを打つものに他ならない。首相・安倍晋三も3日反対姿勢を
>鮮明にさせた。
> 
>
>今回の米中首脳会談ほど、日本が絡む問題は珍しい。会談のテーマには尖
>閣問題を避けて通ることはあり得ないからだ。加えて日米による中国封じ
>込めの意味合いを持つTPPへの中国参加問題は、米国の極東戦略そのも
>のの大転換につながる要素を持つ。
>
>
>中国商務省の沈丹陽報道官は30日 、同省のウェブサイト上で「中国は
>慎重な研究および平等と相互利益の原則に基づいて」交渉への参加の是非
>と可能性を分析するとの方針を明らかにした。
>
>
>中国のこれまでの態度は共産党機関紙・人民日報が2月に「米国が日本を
>TPPに取り込もうとしているのはアジア太平洋地域における中国の影響
>力を抑制するためだ」と日本の参加を強くけん制しており、まさに180度
>の転換とも言える。
>
>
>俗に言えば図々しいことをよく言うものである。中国は、2010年に発生し
>た尖閣諸島中国漁船衝突事件後に、レアアースの日本への通関を意図的に
>遅滞させる事で、事実上の対日禁輸措置に踏み切っている。この「中国危
>機」で苦汁をなめた日本企業は中国への依存度を減らし、逆にレアアース
>の価格は暴落する結果を招いた。
>
>
>TPP交渉は参加国間の貿易・投資の障壁を除去することが第一の目的で
>あり、自国の外交・安保路線を露骨に反映すべきでない事はイロハのイだ。
>
>
>さすがに安倍も3日の記者会見で 「TPPは開かれた協定であり、いか
>なる国においてもTPPの要求する高い水準を満たす用意があり、正式に
>参加表明する場合はTPP参加国が判断することになると思う」と発言した。
>
>
>「高い水準の用意」とは、とても中国がそのレベルに達していないことを
>言わんとしたものであり、明らかにに中国の参加には今後反対していく姿
>勢であろう。中国の転換はTPP参加で日米協調の極東戦略にくさびを打
>ち込むことに狙いがあることは間違いない。
>
>
>問題は対中経済関係改善を重視し、国務長官に親中派のケリーを据えたオ
>バマがどう反応するかである。ここは間違っても前向きの発言をすべきで
>ないことを米国にクギを刺しておく場面である。安倍は外務省または米大
>使館を通じて早急に反対の方針を米国に鮮明化しておく必要がある。
>
>
>一方、尖閣問題で中国人民解放軍幹部が尖閣諸島の領有権について、
>1972年の日中国交正常化の際に、問題を棚上げすることで日本と中国
>双方が了解していると主張した。官房長官・菅義偉が直ちに反論している
>が、狙いは対日関係にはない。米中首脳会談への布石だ。中国の得意とす
>る変幻自在の融和策である。
>
>
>尖閣問題がどのような話になるかだが、オバマは日米安保条約の"しがら
>み"で、中国が軍事行動に出て日中軍事衝突となれば、介入せざるを得な
>い場面に追い込まれている。何とかこの窮地を脱したいというのが本音で
>あり、習近平に対して"自制"を求めることは間違いあるまい。
>
>
>首脳会談は恐らく2人だけの場面が設定されるものとみられ、ここで機微
>に渡る問題は話し合われ、外部にその詳細は発表されないだろう。
>
>
>オバマがカリブ、中米3国を訪問する習近平に招待をしたことが会談実現
>の経緯とされている。しかし習の方も、3国歴訪を"おとり"に使って米国
>の招請を導き出した可能性が高いと見る。あうんの呼吸での首脳会談であ
>ろう。
>
>
>オバマは、中国のサイバー攻撃にクギを刺す場面もあるだろうが、招請し
>ておいて会談を失敗に持ち込むようなことはあり得ない。戦時でなく平時
>の首脳会談の「定理」は常に成功することなのである。
>
>
>したがって違いは際立たせずに、協調が前面に出る会談となるだろう。大
>局から見れば極東の緊張緩和にとってプラスに作用することは間違いない。
>
>      (政治評論家)<2013年06月04日> 
>
>
>━━━━━━━━━━━━
>沖縄は中国の領土なのか?
>━━━━━━━━━━━━
>
>
>       伊勢 雅臣
>
>沖縄が我が国の領土であるのは、多くの先人たちの努力の結果である。
>
>
>■1.中国の沖縄領有論
>
> 中国は尖閣諸島のみならず、沖縄の領有権についても主張し始めた。次
>のように報じられている。〓
>
><8日付の中国共産党機関紙、人民日報は第2次大戦での日本の敗戦によ
>り「琉球の領有権」は日本になくなったとした上で、沖縄の「領有権」問
>題を議論すべきだと訴える論文を掲載した。・・・>
>
>論文は政府系の中国社会科学院の研究員らが執筆。琉球王国が歴代の中国
>王朝に対して朝貢を行う「冊封国」だった経緯を説明した上で「琉球王国
>は明清両朝の時期には中国の属国だった」とした。
>
>その上で「(当時は)独立国家だった琉球を日本が武力で併合した」と
>し、尖閣と同様、日本が敗戦を受け入れた時点で日本の領有権はなくなっ
>たとの認識を示した。
>
>領有権論争を沖縄まで広げておいて、尖閣諸島の対立を有利に展開しよう
>という狙いであることは明白だが、こういう問題は一笑に付していてはい
>けない。国際社会では、日本側が黙っていれば、言った者勝ちになってし
>まう。
>
>
>■2.中国領有論の変化球としての沖縄独立論
>
>今回は、菅官房長官がすかさず「(論文が)中国政府の立場であるならば
>断固として受け入れられない」と反論したが、こういう問題では国民一人
>ひとりが史実を踏まえた上で、政府の主張を支持する必要がある。
>
>中国も日本の国民世論の反応を見ながら手を打っているので、国民の間で
>轟々たる非難の声があがれば、それが中国に対する抑止力の一つとなる。
>逆に国民が醒めた態度でいれば、中国は「隙あり」と見て、さらに攻勢を
>強めるだろう。
>
>中国の沖縄領有論の根拠については、弊誌393号「超速! 沖縄・琉球
>史」で吟味した。そこでは、薩摩藩が実質的に琉球を支配下に置きなが
>ら、琉球を通じて間接的に対清貿易を行っていた。そして、そのために、
>形式上、清国の服属国という形をとっていたのだ。しかし、服属国という
>形式は、その後の日清間の外交で、けりがついている。
>
>中国領有論のバリエーションとして沖縄独立論がある。沖縄はもともと独
>立国家だったのに、日本に併合されて独立を失った、という史観である。
>もし沖縄が独立できれば、当然、沖縄経済は自立能力がないので、中国に
>頼らざるえず、その衛星国として中国の覇権下に組み入れられてしまう。
>
>今回は、沖縄に関する日中の駆け引きを歴史的に辿ってみたい。そこか
>ら、国家にとっての領土とは何なのか、が見えてくる。
>
>
>■3.沖縄の中にあった中国人コロニー
>
>沖縄の歴史が明瞭になってくるのは、12世紀頃からだ。源為朝が沖縄本
>島南部の豪族の娘との間にもうけた舜天(しゅんてん)が王となり、沖縄
>を統一したと言われている。沖縄の旧家の長男に「朝」の字が多いのは、
>「為朝」にあやかりたいという願望からだと言う。[2,p71]
>
>1372年に、舜天の子孫の察度王(さつどおう)が明の光武帝に朝貢を求め
>られ、恐る恐る従ったら、その莫大な返礼を見て驚いた。以後、琉球王国
>は中国の華夷秩序に依存し、明との朝貢貿易で稼ぐようになる。
>
>明は鎖国政策をとっており、外国船の出入りも朝貢船に限定されていた。
>明と貿易をしようとすれば、明の服属国として朝貢貿易をするしかなかっ
>たのである。さらに明は冊封国に中国人を在留させて、朝貢貿易の政務を
>担当させた。那覇市内の久米という地域が、中国人の居留区となっていた。
>
>寛永21(1644)年、明が滅び、清が成立したとき、満洲族の支配を忌避し
>て、明人(漢民族)の36姓の部族が亡命してきた。現知事の仲井真弘多
>氏、前知事の稲嶺恵一氏とも、この36姓の子孫である。
>
>久米では19世紀になっても中国語が話されており、日清戦争の終了まで、
>沖縄を中国圏に置こうと画策していた。現在も約3千人の県民が中国子孫
>を自任しており、約10億円の共有預金と会館を運営し、団結は固い。
>
>歴史的に戦乱や飢饉の続く中国大陸から大量の難民が国外に脱出してきた
>が、その子孫が東南アジアでは多くの国で華僑として経済的実権を握った
>り、またサンフランシスコやバンクーバーでも閉鎖的な中国人コロニーを
>築いて、現地社会との摩擦を起こしたりしている[a]。そのミニ版が沖縄
>にもあったのである。
>
>
>■4.薩摩藩の琉球経由の中国貿易
>
>慶長14(1609)年、薩摩軍が約3千人の部隊をもって琉球に進攻した。慶長
>5(1600)年の関ヶ原の合戦以降、外様となって財政難に陥っていたことも
>あって、琉球王国の朝貢貿易に着目したのである。
>
>琉球士族は公家のような贅沢な生活に慣れており、簡単に薩摩軍の占領を
>許した。島津家久は、尚寧王以下、百余名を江戸や駿府に帯同して、徳川
>家康、将軍秀忠に拝謁させ、島津家は幕府から琉球太守に任ぜられた。
>
>薩摩は琉球経由の間接貿易に力を入れた。沖縄のサトウキビを大阪市場で
>独占販売し、その利益で本土の文物を沖縄に送り、中国に朝貢させて、そ
>の返礼で巨大な利益を上げる、というシステムである。
>
>薩摩の役人が琉球王府役人に扮して進貢船に乗り込んだりもしていて、中
>国側も気がついていたが、利益のためには目をつぶっていた。
>
>琉球王府は北殿を日本式に、南殿を中国式に建造して、それぞれの使節を
>歓待していた。王族一門も朝貢貿易から上がる利益で、奢侈な生活を営ん
>でいた。
>
>薩摩藩も、この間接的な中国との貿易で得た経済力を使って、倒幕、明治
>維新を果たしていくのである。
>
>
>■5.「これほどまでに不幸な生活をしている人民は見たことがない」
>
>その一方では、中国式官僚国家を築いた琉球王家の支配の下で、人民は悲
>惨な生活を余儀なくされていた。その一つに、明治の廃藩置県まで4百年
>間も続いていた「地割制」がある。
>
>これは農民の土地私有を許さず、集落単位で8公2民の重税をかけ、さら
>に耕作地を2〜3年、離島地域では10年ごとに交代させる一種の原始共産
>制であった。
>
>台風と干魃(かんばつ)が交互に訪れる沖縄では、本土式農業は定着せ
>ず、絶えず深刻な食糧不足に悩まされていた。そして、各地で謀反や一揆
>が続発していたので、それを抑えるために編み出されたのが、この制度で
>あった。
>
>土地の私有が許されず、しかも数年毎に「地割替え」では、農民は農地を
>開拓したり、改良したりするはずもない。また、各集落には王府から探偵
>が配置され、謀反を起こす恐れのある者を徹底的に摘発した。
>
>江戸時代には、すでに本土では識字率男子50%、女子25%と世界最高水準
>を達成していたが、沖縄では農民は一切、文字も読めず、自分の名前も書
>けない状況にあった。
>
>嘉永6(1853)年、沖縄に寄港したペリー提督が「メキシコの労働者を除け
>ば、これほどまでに不幸な生活をしている人民は見たことがない」と述べ
>ている。
>
>明治34年に、最後の琉球王・尚泰が亡くなった時、当時の奈良原繁沖縄
>県知事が「喪に服するよう」県民に指示したが、従ったのは旧王都首里の
>士族だけで、本島北部金武村にいたっては、祝いの綱引き大会を2晩にわ
>たって行ったという。
>
>
>■6.中国帰化人「支那党」の暗躍
>
>明治4(1871)年、沖縄に廃藩置県、四民平等の太政官令がもたらされた。
>しかし、中国帰化人の「支那党」がことごとく反対し、琉球王を「絶対に
>日本につくな」と恫喝し、民衆には「(清国の)黄色い軍艦が間もなく沖
>縄に救援に来る」と説いた。
>
>明治6(1873)年、沖縄の年貢運搬船が台湾に漂着し、乗組員54名が蛮族に
>殺害された事件が起こった。日本政府は沖縄の統治権を主張して、清国に
>賠償を要求した。
>
>中国は沖縄への日本統治権を認めながらも、「中国は台湾の領有権を有し
>ていない」と賠償を拒否した。このため、日本は明治7年4月、36百名の
>陸軍部隊を台湾に送って、蛮族を攻撃した。慌てた清国政府は日本の要求
>を全て呑んだ。
>
>沖縄人民が殺害されて、日本に賠償を支払ったということは、沖縄が日本
>政府の統治下にあることを認めたことになる。そんな状況下でも、琉球王
>府は明治7(1874)年11月、独断で北京に朝貢使を派遣した。
>
>さらに廃藩置県にも抵抗を示したので、日本政府は明治12年3月、警官
>160名、陸軍歩兵400余名を送って、強制執行を行った。王府役人は一人と
>して反抗するものなく、あっさり首里城を明け渡した。しかし、その後も
>支那党は反日活動を続け、清国総理・李鴻章に琉球救援を依頼したりした。
>
>初代県令・鍋島直彬は教育普及のために、小中学校を設置し、本島には師
>範学校を創設したが、長きにわたる地割制の愚民政策で県民の向上心は皆
>無に近く、効果は上がらなかった。
>
>明治18(1885)年には、本土における就学率は男子66%、女子32%に上って
>いたが、沖縄は明治(1897)年になっても、男子がようやく30%、女子にい
>たっては5%以下に過ぎなかった。
>
>
>■7.「沖縄近代化のためには命などは惜しくない」
>
>明治25(1892)年7月、沖縄改革のピンチヒッターとして、鹿児島出身の奈
>良原繁が宮中顧問官から県知事として着任した。奈良原は生麦事件で英国
>商人を斬殺した剣豪と噂され、「沖縄近代化のためには誰が何と言っても
>あとには退かない。命などは惜しくない」と語って、支那党を戦慄させた。
>
>奈良原はその以前から沖縄への思いが深く、明治5年1月に薩摩藩士とし
>て琉球王府を訪れ、同藩の琉球への債権5万円を放棄し、それを貧民救済
>にあてるよう通知している。
>
>奈良原知事の在任3年目の明治27(1894)年8月に日清戦争が始まった。沖
>縄県内では日清両国の勝算をめぐって支那党と白党(日本党)が衝突し、
>乱闘事件が頻発した。
>
>支那党は徒党を組んで神社仏閣に詣でて、清国の勝利を祈った。県庁職員
>や県外出身の商人は自警団を組織し、一時、子女を本島中部の山間部に疎
>開までさせた。日清戦争での日本の勝利は、奈良原に絶大な追い風として
>作用した。
>
>奈良原は15年間も沖縄県知事を務め、農地解放と土地私有制の確立、女子
>を含む教育制度の普及、那覇港などの産業インフラの確立で沖縄の近代化
>に貢献した。奈良原の知事ぶりに関しては、こう評されている。
>
>
><歴代の知事として何れも教育を尊重しない方はもちろんなかったが、奈
>良原知事は特に教育に重きをおかれ、よく県下の学校を巡視し、学用品を
>贈与せられ、親しく児童に接して懇諭激励を与えられる。>[1,p93]
>
>
>奈良原の着任当時の小学校就学率はわずか18%弱だったが、離任時には
>93%まで上昇した。
>
>明治41年4月、離任した奈良原の功績を顕彰するため、県民は那覇市奥武
>山公園中央に銅像を建立した。その隣には明治36年に建てられた改租記念
>碑(地割制廃止記念碑)があった。
>
>
>■8.沖縄を本土から引き離そうとする策謀
>
>明治41(1908)年以降、沖縄には特別島嶼町村制が施行されていた。「特
>別」となったのは、いまだ経済基盤が整わず、県財政の70%もの国庫補助
>を受けていたからである。
>
>それでも大正5(1916)年頃から、「本土並みの地方自治」を訴える県民
>運動が展開された。廃藩置県に抵抗した沖縄が、今度は本土並みの要求を
>するまでになった。
>
>県財政を考えれば無理があったが、国民意識の浸透という点では、それま
>での日本政府や奈良原知事などの努力の結果と言えるだろう。
>
>沖縄戦では、多くの民間人が軍と一緒になって戦い、犠牲となったが、そ
>れも本土との一体化を目指した今までの努力があったからこそである。そ
>して玉砕に際して、沖縄根拠地隊司令官・大田實海軍中将が送った「沖縄
>県民斯ク戦へり、県民ニ対シ後生特別ノゴ高配ヲ賜ランコトヲ」との電文
>は、多くの県民の心を慰め、戦後は心ある政治家を動かして、沖縄の祖国
>復帰の原動力となった。[b,c]
>
>しかし、沖縄を本土から引き離そうとする策謀は、戦後も続く。米軍占領
>下、「沖縄人連盟」が結成され、7万人の会員を擁して、沖縄独立、地割
>制の復活を主張した。日本共産党は「沖縄民族は少数民族であり、歴史的
>に搾取、収奪された民族」として、沖縄独立論を唱えた。
>
>昭和33(1958)年11月、沖縄でも台湾国民党政府の支援の下で琉球国民党
>が結成され、沖縄独立を画策する。また、沖縄戦で日本軍が沖縄の民間人
>を虐殺したというプロパガンダが、大江健三郎ら左翼知識人によって流布
>された。[d,e,f]
>
>今回の中国の沖縄領有論も、こうした流れに乗った動きの一つである。現
>代の日本人は戦後の温室の中での経験しかないので、「そんな馬鹿な」と
>思うだろうが、沖縄が日本の一部となっているのは、我が先人たちの必死
>の努力の結果なのである。
>
>それが一つ間違えれば、今の北朝鮮のような国が沖縄に存在していたかも
>知れないのである。そうなっていたら、沖縄県民の不幸は言うに及ばず、
>エネルギー輸入や工業製品輸出のシーレーンの喉元を握られて、戦後日本
>の高度成長も繁栄もなかったかも知れない。 そういう日を我々の子孫が
>迎えなくとも良いように、現時点で最大限の努力をするのは我々の責務な
>のである。
>
>
>
>■リンク■
>
>a. JOG(784) 中国の列島蚕食
>「日本列島は日本人だけのものではない」が現実になる日。
>http://blog.jog-net.jp/201302/article_1.html
>
>b. JOG(643) 「沖縄県民斯ク戦へり」(上) 〜 仁愛の将・大田實海軍中将
> 玉砕寸前の海軍司令部から「県民ニ対シ後生特別ノゴ高配ヲ賜ランコト
>ヲ」と電文が発せられた。
>http://blog.jog-net.jp/201006/article_9.html
>
>c. JOG(644) 「沖縄県民斯ク戦へり」(下) 〜「県民ニ対シ後生特別ノ
>ゴ高配ヲ」との祈り
> 大田實中将の電文に感銘した多くの人々が、沖縄の為に尽くした。
>http://blog.jog-net.jp/201006/article_8.html
>
>d. JOG(472) 悪意の幻想 〜 沖縄戦「住民自決命令」の神話
> 「沖縄戦において日本軍が住民に集団自決を強要した」との神話が崩さ
>れつつある。
>http://www2s.biglobe.ne.jp/%257enippon/jogdb_h18/jog472.html
>
>e. JOG(沖縄戦「住民自決命令」(上)〜 神話の創作者たち
>「住民自決軍命」の神話を創作した沖縄タイムスは、米軍の御用新聞だった。
>http://blog.jog-net.jp/201111/article_1.html
>
>f. JOG(723) 沖縄戦「住民自決命令」(下) 〜 神話との戦い
>http://blog.jog-net.jp/201111/article_2.html
>
>
>■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
>  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
>
>1. MSN産気ニュース、H25.5.9「沖縄の領有権『日本にはない』 中国共
>産党機関紙が論文」
>
>2. 惠隆之介『誰も語れなかった沖縄の真実 ——新・沖縄ノート』★★、ワッ
>ク、H23
>http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4898311644/japanontheg01-22/
>
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>岡本綾子の「私の履歴書」(2)
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>         馬場 伯明
>
>「映画『風と共に去りぬ』の名セリフ、『明日は明日の風が吹く』が頭に
>残っている。未知の世界でやることはいっぱいある。風に吹かれて、『半
>農半ゴルフ』の田舎暮らしをのびり楽しむとしよう」。ですって。
>
>5/31岡本綾子(以下「岡本さん」)はこう書き、最終回(30回)をあっさ
>り終えた。一陣の薫風が吹いていった。1ヵ月の長丁場、お疲れさま。率
>直で楽しかった「履歴書」に感謝する。
>
>小説の原文は"Tomorrow is another day."である。「きみをうらんでは
>いないよ」と言い残し、レット(・バトラー)は去った。それでも、ス
>カーレット(・オハラ)は昂然と顔を上げ、孤独と絶望から一歩を踏み出
>す。小説最後の「声なき言葉」だ。
>
>"I'll think of it all tomorrow,at Tara.I can stand it
>then.Tomorrow, I'll think of some way to get him back.After
>all,tomorrow is another day."(2002/2/22講談社ルビーブックス30後
>編3 第1刷)
>
>(みんな、明日、タラで考えることにしよう。そうすれば、なんとか耐え
>られるだろう。明日、レットをとりもどす方法を考えよう。明日はまた明
>日の陽が照るのだ)(平成16年12月25日・新潮文庫51刷改版・訳者 大久
>保康雄・竹内道之助)
>
>映画の字幕は(・・・明日の陽が照る)ではなく、"After all, tomorrow
>is another day."(結局、明日は明日の風が吹く)であった。つまり、
>「明日は(絶望の今日とは)別の日になるわ。(どうにか、よく、なる
>わ!)」だ。最後まで敗北を認めたくない誇り高いスカーレットである。
>
>絶望の崖に立つスカーレット(45歳)とは違い、岡本さん(62歳)は余裕
>綽々だ。でも「まだ、やる!"Tomorrow is another day."」と静かな闘
>志を燃やしているかも。文章表現は「のんびりで、ふにゃ」だけど(笑)」。
>
>私が中学生の頃、石原裕次郎は同名の映画で「♪明日は明日の風が吹く
>(1958)」と歌い自ら演じた。就職した頃、アン真理子は「♪明日という
>字は 明るい日と書くのね(1969)」と歌詞を書き、歌った。
>
>ずっと後、中島みゆきはNEVER CRY OVER SPIRIT MILK(1999)」で「♪昨
>日は昨日 明日は明日(涙は過ぎたこと)」と書き下ろした。
>
>大昔のペルシャの詩人・数学者・天文学者のウマル・ハイヤーム
>(1050−1123頃)は書いている。「わしは、水のように流れてきた。風の
>ように吹きすぎていく」と。(「一日一言」桑原武夫編・岩波新書)。
>
>だれの、どのような人生にも「明日は明日の風が吹く」のだ。私たちは、
>今日が辛くても、明日を信じ、今日を、ぽつぽつ、生きていく。
>
>ところで「私の履歴書」の題字である。岡本さんならば豪快な丸文字かと
>思いきや、高級(と思われる)万年筆によるきわめて繊細な達筆のペン字
>である。その手指が絶妙なアプローチショットを生むのだ。
>
>1981年山陽クイーンズ(赤坂CC)の前夜パーティに出かける上司に「岡本
>綾子のサインを!」と頼んだ。鼻の下が長い彼が貰ってきたのは美人の磯
>村まさ子(21歳)の下手なサイン。ゴルフは顔じゃないというのに・・。
>
>「何人かにプロポーズされ『このまま付き合っていたら、いずれは結婚す
>るだろうな』と思う男性も5、6人はいた。みんな優しい人だった」と
>「数々の恋」にある(5/24)。
>
>結果は「結婚よりゴルフを選ぶ」ことになり岡本さんの恋は成就しなかっ
>た。「健康優良児で表彰された」ほどの彼女に子供がいたら、米メジャー
>優勝を託せただろうに・・・。
>
>ならば「AYAKOの恋」を(捜索するのではなく)小説に創作してみたい衝
>動に駆られる。5,6人の相方だから純愛より恋のはしごの物語かな。
>
>「私の履歴書」のアウトコース(5/1〜5/15)に比べ、インコース(5
>/16〜5/31)は順風(フォロー)と逆風(アゲインスト)に横風が入り乱
>れ、いささか荒れたラウンドになったようだ。
>
>恋に破れ、腰痛悪化、甲状腺異常、子宮筋腫まで。しかし、米国賞金女
>王、ゴルフ世界殿堂入りも。栄光と挫折は隣り合わせなのだ。
>
>岡本さんは物事をあっけらかんと書く。嫌みに思われるような表現でも憎
>らしくない。腹に一物などがないとわかるからだ。
>
>樋口久子(以下「樋口さん」)には、前半の「ちくちく」を後半で埋め合
>わせお返しした。「紫綬褒章を受賞したのは本当にうれしかった」
>(5/27)。女子プロ協会会長選挙では若い選手の票をとりまとめたとい
>う。岡本さんの言動には真情がにじみ出ている。
>
>樋口さんは、仕方がないわねと笑って許しているだろう。その意味では、
>樋口さんは、岡本さんより(世間的には)ずっと大物である。
>
>岡本さんが指導する門下生(全5人)の活躍も続く。2013/5/26のブリヂス
>トンレディース(中京GC)で森田理香子が逃げ切り優勝した。岡本さんの
>「私の履歴書」に花を添えた。
>
>また、6/2最終日のリゾートトラストレディス・関西ゴルフ倶楽部でも、
>門下生が好成績をあげた。服部真夕(2位)、森田理香子(3位)、表純
>子・若林舞衣子(4位)。青山加織は52位:がんばれ。
>
>最終回(5/31)に「健康を考え、昨夏からはダイエットを始めた」とあ
>る。だが、ほどほどにしてほしいと思う。私は太目の女性が好きだから。
>
>ダイエットでは無理をしないで、(太くてもいいから)着やせする「服」
>を探してください。(2013/6/3 千葉市在住)
>
> 
>━━━━━━━━━━━
>何事も初めと基礎が重要
>━━━━━━━━━━━
>
>
>      前田 正晶
>
>3日の産経抄で鳥飼久美子教授が小学校の英語教育を論じていることに触
>れていました。私は早くから始めれば良いと言う訳ではないでしょうとの
>持論です。喩え早く始めても教育法と勉強法が良くなければ何にもなりま
>せん。
>
>昔話になりますが、神奈川県の藤沢市に住んでいた頃に学校の少年サッ
>カーの指導を依頼されたことがありました。
>
>如何なる状態かを承知で引き受けたのでしたが、サッカーを本当に体育会
>で経験した訳ではないと思われる先生方が情熱と意気で指導されていたた
>めに基本技をきちんと教えられておらず、フォーメーションも全く形に
>なっていませんでした。
>
>しかもそういう指導法で児童たちを上手い児童たちをAとして、それ以外
>をBに分けしていたので、Bにされた児童たちは意気消沈でした。私がお引
>き受けしたのはBでした。
>
>すでにご存じかご記憶の方もおられるかも知れませんが、私のサッカー経
>験は高校では第3回国体準優勝、大学では今はなき組織の関東大学4部リー
>グで得点能力で鳴らし?、藤沢四十雀のクラブでは関東大学1部リーグの
>往年にスタープレーヤーで、当時はただのおじさんと化した名手たちの中
>で、衰えを知らない?基本技を活かして、48歳まで今で言う司令塔として
>リクリエーションを楽しんでしました。
>
>これも、英語も最初に基本技をしっかりと身に付けてあれば何年経っても
>崩れないものだから同じだ、ということの立証です。私は昭和20年の旧制
>中学1年の時に幸運にも基礎を固めて貰える教育を受けていたので、大学
>卒業後は全く英語と関係ない国内営業の担当であったのです。
>
>だが、1969年に思いがけない運命の流れで英語を話す機会が訪れても、ま
>るで昨日まで英語を話して暮らしていたかのように話す力が戻ってきまし
>た。正直言って、我ながら驚きでした。
>
>ここ申し上げておきたいことは、私が英語を初めて聞いたのもアルファ
>ベットを見たのも、13歳の中学1年の時。それにでも、きちんと基礎を固
>める教え方をされたので、大学卒業までは専攻科目のせいもあって英語に
>親しんでいたので、37歳になっても忘れていなかったことです。
>
>特に、13歳から初めても遅くなかったことは特筆大書したいのです。大学
>で出会った横須賀高校出身者で驚異的な学力と脱帽したくらいでは
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