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2013年6月8日土曜日

Fw: 異形の作家「北上行山」 from「ガツンと一発」

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>○ 平井修一のメルマガ「ガツンと一発」            
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>平成25年('13)6月8日 第1826号
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>異形の作家「北上行山」
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>平井修一
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>太宰治の「東京八景」を読んだ。
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><伊豆の南、温泉が湧き出ているというだけで、他には何一つとるところの無い、つまらぬ山村である。戸数三十という感じである。こんなところは、宿泊料も安いであろうという、理由だけで、私はその索寞たる山村を選んだ。昭和十五年、七月三日の事である・・・
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>熱海で、伊東行の汽車に乗りかえ、伊東から下田行のバスに乗り、伊豆半島の東海岸に沿うて三時間、バスにゆられて南下し、その戸数三十の見る影も無い山村に降り立った。ここなら、一泊三円を越えることは無かろうと思った。憂鬱堪えがたいばかりの粗末な、小さい宿屋が四軒だけ並んでいる。私は、Fという宿屋を選んだ。四軒の中では、まだしも、少しましなところが、あるように思われたからである。
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>意地の悪そうな、下品な女中に案内されて二階に上り、部屋に通されて見ると、私は、いい年をして、泣きそうな気がした。三年まえに、私が借りていた荻窪の下宿屋の一室を思い出した。その下宿屋は、荻窪でも、最下等の代物であったのである。けれども、この蒲団部屋の隣りの六畳間は、その下宿の部屋よりも、もっと安っぽく、侘しいのである。
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>「他に部屋が無いのですか」
>「ええ。みんな、ふさがって居ります。ここは涼しいですよ」
>「そうですか」
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>私は、馬鹿にされていたようである。服装が悪かったせいかも知れない・・・女中は、去った。怒ってはならない。大事な仕事がある。いまの私の身分には、これ位の待遇が、相応しているのかも知れない、と無理矢理、自分に思い込ませて、トランクの底からペン、インク、原稿用紙などを取り出した・・・
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>私は、いまは一箇の原稿生活者である。旅に出ても宿帳には、こだわらず、文筆業と書いている>
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>「文筆業」とは「文筆にたずさわる職業」と辞書にはある。「物書き」とも言うだろう。小説家から詩人、随筆家、評論家、翻訳家、記者、コピーライターまでいろいろだろうが、昔は編集者などを含めて文筆に従事する人を「操觚者(そうこしゃ)」と言うこともあった。
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>「觚」とは、古代中国で文字を記した四角い木の札のことで、これを操るから「操觚者」。詩文を作る人、文筆に携わる人の意で、今は死語だろう。
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>いずれにしてもものを書いてなにがしかの収入を得ているから、売文屋でもある。それで生活に足る収入があるかどうかは問わないが、収入があれば文筆業者である。収入を得られないのであれば、ただの趣味人だ、今の小生のように。
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>現役の文筆業者は有名無名、有象無象を含めて数万人はいるのではないか。知っている人はごく一部で、知らない人が圧倒的に多い。最近、陽羅義光(ひらよしみつ)という文筆業者を知った。日本ペンクラブの解説にはこうある。
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><小説家、詩人、評論家。1946年、横須賀市生れ。早大卒。主な著作は『道元の風』『吉永小百合論』ほか。全作家協会理事長、日本文芸大賞選考委員長など>
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>今は67歳か。この方のサイト「絶対文感:付録」で「北上行山」という作家がいたことを初めて知った。陽羅の「最終兵器作家 北上行山論」がすこぶる面白い。以下はそのごく一部の(と言ってもずいぶん長いが)引用。
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>北上行山(きたがみ・こうざん)は一八六二年(文久二年)生まれの森鴎外よりも二歳若く、一八六七年(慶応三年)生まれの夏目漱石よりも三歳年上である。いずれにしろ鴎外・漱石の同時代の作家と云ってよい。むろん樋口一葉とも同時代だ。
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>こんにち北上行山の名を知っている者が何人いるだろう。統計をとったことはないが推定して百人前後か。そのうちの数十人は知ったかぶりだろうが。だいたいにおいて当時(明治・大正)だって、鴎外・漱石・芥川龍之介・志賀直哉の陰に隠れて一般には(おそらく文壇でも)ほとんど無名だった。
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>それでも漱石やまた後の文豪谷崎潤一郎などは、北上行山をある種の尊敬の念で見ていたはずだ。その証拠に皆が皆、北上行山の作品から盗んだ名作を残している。「盗んだ」が失礼なら「真似」、「真似」が失礼なら「拝借」、それでも失礼なら「換骨奪胎」か。
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>実はわたくしは「絶対文感」の専門家であるから、こうしたことには誰よりも精通している。例えば内田百間の名作『ツゴイネルワイゼン』は、その独特で奇妙な設定を室生犀星の『蛾』に負っている。(犀星から影響を受けた作家は想像以上に多く、川端康成の晩年の作品等はそういうものだ)。
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>例えば井伏鱒二の名作『黒い雨』は、その最も重要な結末部分を、太宰治の『薄明』から拝借している。(太宰から影響を受けた作家は想像以上に少なく、受けたと公言している者は総て似ても似つかぬ者だ)
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>本題に戻れば漱石の『吾輩は猫である』は、明らかに行山の『吾輩は豚である』の二番煎じだし、『草枕』は、明らかに行山の『臭枕』の剽窃に近い。だがこれらはタイトルに限ってのものである。ご存じのように内容に於いては、行山自身から文句をつけられるレベルのものではない。じっさい行山は何も云っていない。
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>一般読者というものは我が儘で贅沢で気まぐれだから、気持の悪すぎる作品は読まない。たまたま間違えて読んでしまっても便所紙にする。可哀想すぎる作品も読まない。たまたま間違えて読んでしまっても鼻紙にする。行山の作品は総て(読み得る総てという意味)この「すぎる」作品だから、読者がつかない。つまり売れない。売れないから出版社も本にしてくれない。文芸誌にも載せてくれない。
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>従って行山の作品は総て(読み得る総てという意味)同人雑誌とか個人誌とかに発表したものである。尤も膨大な作品の総てが載るわけがないから、ずいぶんと紛失もしくは自ら焼却したのであろう。
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>そんなら行山はどうやって生活していたのかと、君は聞きたいのであろう。そういう話は後回しにしたいのだけれど、話のついでという事もあるので、いささかそういうことに触れる。
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>さっき行山が「すぎる」作品ばかり書いたと述べたが、その生活においても同じ事が云える。つまり赤貧「すぎる」、病弱「すぎる」、女にもて「すぎる」。
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>私小説作家のみならず近代日本の文学者には、貧乏と病気と女がつきものだと云われる。「文学の三種の神器」だなんて宣う文芸評論家もいる。そんなら北上行山こそホンモノの三種の神器をかき抱いた文学の神様ではなかろうか。
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>まず、赤貧「すぎる」。ここで樋口一葉の登場である。明治の作家で赤貧洗うが如し、一葉の右に出る者はないと思われているが、その一葉が呆れたほどの赤貧が行山であった。
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>一葉は生活苦打開のため一時期下谷で荒物と駄菓子を売る小さな店を開いていたが、毎日そこに来て、ほんの少々の駄菓子を購入していたのが行山であった。
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>あるとき一葉が心から心配をして、商売っ気抜きで「そんなに毎日おやつばかり食べていると身体に悪いですよ」と忠告した事があった。すると行山は「これはおやつではなく主食です」と答えたものだ。あらためて見るとその風体は乞食も避けて通るくらいのもの。
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>一葉が何か仕事はしているのですかと聞くと、行山は仕事は小説を書くことだが、自分の小説は決して金にはならないから、道ばたに落ちている金目のものを拾って生活をしているという事を、切れ切れに云う。
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>一葉にとってこの時期は師の半五桃水への思いを裁ち切り、友人齋藤緑雨の連日の訪問を受けるその中間であった。そのせいかどうか、一葉がこのみすぼらしい行山に岡惚れした形跡が残っている。それは「一葉日記」を読破すれば解ることであるが、わたくしなど行山の研究家にしてみれば、(行山を知った後の一葉の代表作である)『たけくらべ』を読めば肯けるところがあるのである。勝ち気な少女美登利と内気な少年信如は、まさしく一葉と行山そのものなのであるから。
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>次に病弱「すぎる」。一葉は病弱ゆえに若くして命を落としたが、行山は病弱ゆえに長生きをした。(享年九十九歳)。一病息災と云われるが行山の場合は、万病息災。頭の天辺から爪の先までが病気。正常なところはひとつもない。
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>ここでテンカン、チクノウ、ムコキュウショウ・・・、ミズムシ、ウオノメ、と全部並べあげたらそれだけで日が暮れる。だがこれらの毒や菌がお互い殺し合いつつ、生きるでもなく死ぬでもなく、年輪を重ねて九十九年。
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>次は女にもて「すぎる」。わたくしはかつて文学的思想家吉本隆明と会談した際に、吉本から「もてすぎる文学者は大成しない」という言葉をはっきりと聞いた。どうやら吉本は埴谷雄高の事を云ったらしいのだが、わたくしはわたくし自身の事と、もう一人北上行山の事を云われた気がした。それならまさしく当たっているからである。
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>わたくしの事はともかく行山は貧乏で病弱で汚い身なりなのに大変にもてた。一葉のみならず行山に惚れた女流文学者は数知れず。与謝野晶子や岡本かの子や藤田愛子もそうだと云われている。文学者に限定しなければ?万と居たかもしれない。おそらくそれは行山の風貌や態度や口舌が母性本能をくすぐったためであろう。
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>だが女にもてるのと女と関係をもてるのと女と所帯をもてるのとではそれぞれ大きく異なる大問題である。(大でもないかな)。つまり女にもてない男でも女と関係をもてるし、所帯をもてなくとも女にもてる男がいる。まったく男女の仲は摩訶不思議である。じっさい行山は女にもてたが、一生を童貞で過ごし独身で過ごした。
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>丁度十年前に行山のノートが発見された。間違いなく行山の筆跡でB4版ノートにびっしり言葉が書き連ねてある。ノートと云っても「一葉日記」ほども文学的価値があるのかどうか、わたくしだけの判断では覚束ない。せっかくだから君だけにこっそり「行山ノート」の一部を教えよう。
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>「自分はお堀端に寝ころびながら、社会的地位もしくは存在から無縁にされていることの大いなる悦びを感じつつ、大空を見ていたものだ。すると遠くから「乞食だ乞食だ」という、子供達の囃し声が聞こえてきたものだ。幻聴かと想っていると、そのうち小石が飛んでくるので、これは現実で、乞食は自分なのだと悟ったものだ」
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>行山の小説の文章は極めて意識的であり、極めて徹底化されている。誤解を恐れずに云うなら、これこそが小説の文章であり、これこそが文学なのであるが、明治から平成まで、誰もそういうことを云った者はいない。それで、僭越ながら、わたくしが、云っている。
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>さて、わたくしたちには鴎外がいる漱石がいる。わたくしたちには谷崎がいる川端がいる。わたくしたちには安吾がいる太宰がいる。わたくしたちには大江がいる春樹がいる。
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>功なり名を遂げた作家たちである。数百万の読者を勝ち得た作家たちである。だがそこに危険度も恐怖性も感じられない。それはそれでいいのだろう。いやそういうものがあるという評論家もいるであろう。だが少なくとも北上行山の絶望と暗黒と空虚はない。北上行山こそ日本の文学に絶望と暗黒と空虚を埋め込んだ文学者なのだ。つまり「日本文学の最終兵器」と云っても過言ではないオソロシサノの極北とカナシサの極北とミジメサの極北が行山の文学にはある。行山の文学を知ると、行山の文学にしかないと云いたくなる。
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>自分で小説を書く人間が他人の小説を云々すると、遅かれ早かれ必ず自分に跳ね返ってくる。それが困るし辛い。そんならまず最初に書くべきだったのだろうが、行山と陽羅の相違点を列記してみよう。
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>赤貧すぎる、病弱すぎる、女にもてすぎる。これらはまったく同じ。内容に関しては他人の判断を仰ぐしかないが、似ているとも云えるし似ていないとも云える。いくつかのキーワードが行山も陽羅も同じだ。それは「極北」「山に向かって落ちる」「無」等々である。
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>もうこのへんでいいだろう。わが『北上行山論』は十枚のつもりで書き出して既に四十枚になりそうだ。最後に君に云いたいのは、ひとことだけ。「行山を知れ」
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>当然のことながら北上行山はベストセラーと無縁だった。それならベストセラーとは何かを知るために片山恭一の青春恋愛小説『世界の中心で、愛をさけぶ』(2001年)を読んでみた。2003年に100万部を突破。2004年東宝にて映画化。映画版も大ヒットし、相乗効果で映画公開後300万部突破、大ベストセラーになったものだ。
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>読後感は案の定、小生が常々思っているように「ベストセラーはろくでもない」ということ。よくこんな愚作、凡作、駄作を読むものがいるものだと呆れるやら情けなくなるやら。出版文化などと言うが、出版業界にとっては売れればいいのである。「文化」が泣いている。(2013/06/06)
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