>□■■□──────────────────────────□■■□
> わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 3033号
>□■■□━━━───────────────────────□■■□
>
>
> 2013(平成25)年8月11日(日)
>
>
>
> 「原発ゼロ」の理論ゼロ:平井修一
>
> 靖国神社は薩長官軍の招魂社:山堂コラム 482
>
> 「痰の話」で思い出す支那:石岡荘十
>
> 我が国は軽佻浮薄化したのか:前田正晶
>
> 命の使い方 〜 『永遠のゼロ』から:伊勢雅臣
>
> 話 の 福 袋
> 反 響
> 身 辺 雑 記
>
>
>□■■□ ──────────────────────────□■■□
>第3033号
> 発行周期 不定期(原則日曜日発行)
>
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> 御意見・御感想は:
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>━━━━━━━━━━━
>「原発ゼロ」の理論ゼロ
>━━━━━━━━━━━
>
>
> 平井 修一
>
>今朝(8月10日)は6時にはすでに室温は33度、9時には34度、正午にはな
>んと37度とわが家の記録を更新した。今日も終日クーラーの世話になるだ
>ろうが、電力供給は大丈夫なのか。東電も関電も使用量は能力の90%を超
>えているというから、かなり限界に近づいているようだ。
>
>資源エネルギー庁によると、日本の総発電量に占める原子力発電の比率
>は、震災前の2010年12月に32%だったのが、震災後の2012年12月は2%ま
>で減少した。今はどうなっているのかは分からないが、安倍政権は「原発
>の再稼働を進める」と言っているから、まあシェア3割復帰が当面の目標
>なのだろう。
>
>一方で「原発ゼロ」を目指すべきだと言う人は多数派のようだ。日共が応
>援している「首都圏反原発連合」はこうアピールしている。
>
><原発ゼロを望む国民の声は圧倒的多数であり、もはや原発を残す理由は
>何ひとつありません。それにもかかわらず政府は「原発の活用」を掲げ、
>原発再稼働と輸出に躍起になり、まるで福島の事故などなかったかのよう
>に振る舞っています。私たちはこうした政府の再稼働姿勢に真っ向から反
>対します>
>
>「戦争ゼロ」にも皆賛成だろうが、理想と現実は違うもので、「原発ゼ
>ロ」を目指すのなら電力をどう確保するのかという代案を提示すべきなの
>に、彼らは基本的に「代案ゼロ」である。
>
>太陽光発電が有力だという人もいるが、「太陽光発電の設置容量は増加し
>ているが、発電量には2007年時点ではほとんど寄与していない」(環境
>省)。事情は今も同じだろう。
>
>冷静に考えれば、現在と同じような低廉・便利な電化生活をしたければ原
>発を活用するしかないし、それが嫌だというのなら生活の質を落とさなけ
>ればならない。30%節電すれば原発は不要になるだろうが、原発ゼロを主
>張する人で30%節電している人はゼロだろうから、主張していることと行
>為が矛盾している。
>
>昨年の原発事故による年間死傷者はゼロだが、交通事故によるそれは、30
>日以内死者数5237人、負傷者数82万5396人、合わせて83万人である。それ
>なら「原発ゼロ」を言う前に「車ゼロ」と大いに主張すべきなのに誰も言
>わない。圧倒的多数が便利なのだから少数の犠牲はやむを得ないと思って
>いるのだ。これでは政治マターにならない。
>
>つまりは「原発ゼロ」は"ためにする"主張であり、責任ある言論とはとて
>も言えない、ただの妄言である。かつて反徳川勢力が「攘夷断行」を迫り
>倒幕した例にならい、自民党政権に無理難題をふっかけて倒閣し、あわよ
>くば容共左派の政権を再び作りたいというのが本音である。民主党政権の
>失敗、社民党の凋落に懲りてはいない。
>
>こうした政治マターに騒動師は群がるから、辻元清美も当然名乗りを上げ
>る。ブログにこう書いている。
>
><「脱原発ロードマップの会」で事務局長を務めてこられた平岡秀夫さん
>が無所属で立候補されました。平岡さんは原発ゼロ社会の実現になくては
>ならない存在です。ぜひ平岡さんをもう一度国会へ!>(4月10日)
>
>2004年4月にイラクで反米武装勢力の"人質"となった「イラク三馬鹿」の
>一人、高遠菜穂子も健在で、「脱原発にシフトしたドイツへ福島の高校生
>を派遣します」(7月22日)と資金を募っていた。
>
>反日教祖の大江健三郎も「さようなら原発集会」を呼び掛けて大いにア
>ジったものである。
>
>原発事故の影響は死傷者ゼロとはいえすこぶる大きい。未だに避難生活を
>強いられている人はとても辛いだろう。小生は多少の寄付をしたくらい
>で、「避難先として我が家を提供する」などの具体的な支援をする気はな
>い。被災者と会ったところで「お気の毒です、ご不自由でしょうが頑張っ
>てください」と慰め励ますことしかできない。
>
>小生ができないことを国、自治体は一生懸命にやってくれているだろう
>が、被災者の不運のすべてを解消することはできない。最終的には本人が
>踏ん張って生活を再建するしかない。不運は誰も避けられず、嘆いていた
>ところでどうしようもない。
>
>忘れもしない昭和33年夏、台風で多摩川の支流が氾濫し、わが家は床上浸
>水になり、7歳の小生は避難する際に溺れた。夜が明けていたので助けら
>れたが、夜中だったら行方不明となり死んでいたろう。不運ながらも九死
>に一生を得た。
>
>町の記録には「駅前から橋までの商店街は胸まで増水し、全家屋とも床上
>浸水」とある。わが家は建物は残っていたが、ほとんどすべてを失い、母
>は泣いていた。救援物資は毛布1枚だった。父母は必死で生活を再建し
>た。洪水を免れた隣の町内の悪童は「ざまあみろ」と喜んでいた。
>
>この世に悪童、悪人がいるように、人災も天災もあり、当たり前のことな
>がら100%の安全はなく、運が悪ければ被害者になる、被災する。そこか
>ら立ち上がるのは基本的かつ最終的に自分自身の努力である。「原発ゼ
>ロ」「憲法九条」と唱えていても安全は保障されない、国会デモの帰りに
>事故に遭うかもしれない。万全の対策をとっていても想定外のことは起き
>る、人生はそういうものだ。
>
>科学技術発展の恩恵を受けながら、これはOK、これはNOと仕分けする
>ことはできやしない。温暖化が心配なら火力発電も自動車もゼロにすべき
>で、放射能が嫌ならレントゲンや放射線治療も拒否すべきだろう。核を否
>定するのなら米軍の寄港や駐留も否定することになる。それなら勝手に
>「原発ゼロ村」を作って原始時代の生活をするがいい。(2013/08/10)
>
>
>
>━━━━━━━━━━━━━
>靖国神社は薩長官軍の招魂社
>━━━━━━━━━━━━━
>
>
> 山堂コラム 482
>
>今年も8月15日の終戦の日が近づいた。総理やその閣僚が靖国神社に参拝
>するとかしないとか。そんなドタバタ、と云うかどうでもいいことが高校
>野球と並ぶ日本の夏のニュース、風物詩。平和だなあとつくづく思う———
>
>祖国に命を捧げた英霊に感謝し哀悼の意を捧げるのは日本人なら当然の気
>持である。そのために靖国に参るのが己の信念、或いは政治信条ならば
>黙って静かに参拝をすればいい。
>
>修学旅行のガキではあるまいに、ヘラヘラ笑いながら集団参拝したり、
>「福島原発で死者などいない」と発言した自民党の女・政調会長ら。ただ
>ただ騒ぎ立てるだけで醜悪なパフォーマンス以外の何ものでもない。
>
>昭和のミカドは「所謂・A級合祀」を境に靖国への御出座(おでまし)を
>お止めになった。越前・平泉右翼の一宮司が勝手に合祀したのがことの起
>こり。なのに、逆にそのミカドの御心をこのごろ蔑(ないがし)ろにして
>憚らない似非右翼もいる。
>
>ミカドは自らの信念で御出座をお止めになったのである。臣の誰其に言わ
>れたとか唆されたとか、ましてや中国や韓国への外交的配慮からかとか、
>そんなことでは決してない。
>
>A級合祀の問題をめぐっては東京・極東軍事裁判の正否からはじまって国
>内でいろいろと議論が続いていることは承知している。しかし日本国は戦
>勝国側の要求を受け入れて桑港講和会議で調印し、主権回復を実現した。
>
>現に自民党・安倍政権。みずから今年の4月28日、「主権回復の日」とし
>て今上天皇・皇后陛下の行幸を仰いで式典を挙行したのではなかったか。
>
>麻生副総理は2月25日、韓国の朴・新大統領の就任式に出席した。その際
>「米国アーリントン墓地には奴隷制維持で戦った南軍兵士の霊も眠ってい
>る」と・・・朴に言わずもがなの説教を垂れた。
>
>「靖国神社の所謂A級戦犯合祀も同じ」と説明したかったのだろう。しか
>しその説得は稚拙、というよりも安倍総理の歴史認識についてオバマ米大
>統領への朴の告げ口を誘発しただけである。
>
>上州国定村・赤城山も今宵限り・・・で福田世襲2代目康夫総理。彼は靖
>国神社に代わる別の戦没者慰霊施設を作るのが政治信条であった。当人は
>多くを語らなかった。しかし慮るに、その最大の理由は「靖国」が特定の
>宗教施設、つまり国家神道の社殿であるということ・・・それが一つ。
>
>それに元を辿れば靖国神社。戊辰戦争の官軍(長州・薩摩)の戦没者招魂
>社だということ。オラの長州の官幣大社、そう大村益次郎よ。ことほど左
>様に同じ自民党の総理総裁でも長州と上州とでは刷毛とハゲほどの違いが
>あるのだ。会津ほかの幕軍兵士や西郷隆盛など。日本国の同じ国士・殉難
>者であっても、彼らはミゾウユウが言う「南軍の兵士」のように祀られる
>ことは決してないのだポコペン。
>
>こうした靖国信仰というか、日本国の戦争犠牲者・英霊を祀るのに「なぜ
>靖国か」という説明は未だ日本国民には充分なされていない。憲法改正論
>議で第9条平和条項・国防軍可否の議論は活発だが第20条。信教の自由
>条項はどうだろう。
>
>第20条、信教の自由に対する自民党の改正草案はこうなっている。「信
>教の自由は、何人に対してもこれを保障する」のその「何人に対しても」
>を削除。最後の「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動
>もしてはならない」に加筆・但し書きを加える。
>
>「ただし社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、こ
>の限りではない」と。
>
>さらに第89条で公金・公共財産を特定の宗教へ使うことを禁止している政
>教分離条項も「公金・公の財産は第20条の但し書きに規定する場合を除
>き」との草案を加えた。
>
>これは靖国神社を念頭に「これを別格官幣大社にする」ための改正草案以
>外の何ものでもないということは・・・そう、バカでなければ長州人でな
>くてもすぐ分かる。
>
>「ワイマール憲法を密かに骨抜きにしてナチス憲法(そんなものは元々な
>かったのだが)にする手法」なる「未曾有発言(麻生発言)」はその後本
>人が撤回した。それでも自民党は、現憲法のあちこちを密かに骨抜きにし
>てナチス憲法にするようなやり方を狙っている———それが善良でごく普通
>の我ら国民も最近になって「そうではないかなあ」と、何となく安倍・自
>民党政治に抱き始めた最大の疑念なのである。(了)
>
>
>
>━━━━━━━━━━━━
>「痰の話」で思い出す支那
>━━━━━━━━━━━━
>
>
> 石岡 荘十
>
>'35京都で生まれ、そのすぐ後から敗戦2年後まで中国(当時は支那)に留
>め置かれた。幼い頃の記憶はもちろんないが、物心ついて以降、見聞きし
>たかの国の"文化"といまの日本のギャップを、思い起こさせた。
>
>幼い頃の記憶はこうだ。
>
>その1。
>
>夏の日、父の仕事が休みのある日、「支那人と犬入るべからず」という立
>て札が入り口にある公園に家族そろって出かけ、公園の中の、支那人以外
>のためのプールで家族で泳ぐ。ある日、帰りに天津市内でも最高級の中華
>料理店でそろって子豚の丸焼きを食った。
>
>糞をしたくなって、用を足そうと便所へ行くと便器のはるか暗い、深い底
>にうごめく動物がいて、驚いて下を見ると、数匹の豚が新鮮な私の排泄物
>をむさぼっていた。今思えばここでは完璧な"食の循環"が実現している。
>
>だが、これで私は完全に食欲を失った。これがトラウマになって、決して
>宗教上の理由ではなく、長い間、私はブタが食えなかった。
>
>その2。
>
>小学校の同級生に、当時の天津領事の息子(小山田あきら?)がいて、放
>課後、いつも領事館へ遊びにいっていた。ほとんどは広大な領事公邸の中
>で遊んでいたが、ある日、門の外に来る物売りの声に誘われて外に出た。
>
>天秤にかけた台に切り分けた瓜が載っていた。それが喰いたくて「どれが
>うまい?」と私たちに付き添ってきた領事館の守衛に聞いた。守衛は「ツ
>エーガ(これだよ)」と指差したのは、ハエが一番多く群がっている瓜
>だった。
>
>"動物学的"に言ってそれはそうだろうと納得したのはずっと後のことだ
>が、ハエがたかっているのは汚いという考え方は彼らにはないらしい。
>
>いつだったか大分昔、多分、日中国交回復の頃、「中国にいまや1匹のハ
>エもいなくなった」という提灯記事をどこかの新聞で読んだ記憶がある
>が、決して信じなかった。私の幼い頃の確かな記憶が記事のウソを見破った。
>
>その3。
>
>父が勤めていた会社の管理職住宅は鉄筋コンクリートの一戸建ての"豪邸"
>で、玄関を入ったところに、日本流で言うと、女中部屋があった。女は阿
>媽(アマ)と私たちが呼んでいた纏足の小柄な女だったが、時々、旦那が
>小さな女の子を連れて泊まりに来ていた。
>
>女中部屋は6畳ほどの小さな部屋だったが、遊びに行くと、部屋の隅に花
>瓶のような形の壷が置いてあって、そこに時々、「ペッ」と痰を吐く、と
>いうか飛ばす。
>
>それがまた結構遠くから正確に痰壷のど真ん中に命中するのを、何の不思
>議もなく見ていたのを思い出した。ホールインワンどころではない。アル
>バトロス級である。北京オリンピックで「痰飛投」などという種目が出来
>たら間違いなく金だろう。
>
>人前での屁は慎むが、食事中、げっぷは割と平気でやる。屁は平気だけ
>ど、げっぷは禁忌という国もあると聞く。生活習慣がそんなに違う民が十
>数億人もすぐそこにいる。
>
>痰。さてどうするか。
>
>(ジャーナリスト)
>
>
>
>
>━━━━━━━━━━━━━
>我が国は軽佻浮薄化したのか
>━━━━━━━━━━━━━
>
>
> 前田 正晶
>
>遺憾ながら高齢化が進むつれて、この世には「イヤだな。軽すぎるな」と
>思うことがドンドン増えてきた。言ってみれば、些末な出来事だが、それ
>らを採り上げて少し溜飲を下げてみようかと思う。
>
>*チョキを出す:
>どうやらこれを「ピース・サイン」とか「V(ブイ)サイン」と言うらし
>い。下品で気に入らない。と言うのも、若者というか、テレビなどに出て
>くる連中は何かと言えばチョキを出すし、一般人も写真を撮る場合などに
>「これを出せ」と何処かの誰かに刷り込まれているらしい。
>
>他人(ひと)がやるから自分もやるという軽さがイヤだ。「ブイサイン」
>だが、学校でろくな英語と言うべきか、アルファベットを教えないからこ
>ういうことになるのだが、あれは「ブイ」ではなく「ヴィー」である。そ
>の流れの中にあるのが「拳骨で撲る」で、本来は「拳骨」というべきを
>「グーで撲る」など言うのもイヤらしい。
>
>*ら抜き言葉:
>これが国語教育の堕落だ等言いたい気もするが、そんな大それたことまで
>考えていない。イヤなことであり笑ってしまうのが、テレビに出てくる十
>分な学校教育を経てこなかったタレントどころか、彼らが言う一般の人ま
>でも「ら抜き言葉」しか話せない時代に入ってしまった。情けない。
>
>そこに輪をかけるのがテレビのスーパーインポーズとやらで、必ずら抜き
>言葉でないように修正が施されている。そんな配慮をするくらいならば、
>安物のタレントどもに国語の試験でもしてから出せばどうか。
>
>*中折れ帽もどき:
>軽佻浮薄なタレントどもやアーティストと誤認されている歌手もどきの間
>の流行である。昔は大人が被っていた中折れ帽と同じ格好をした安物の帽
>子を額を丸出しにして被って登場するのを見せられると、胸が悪くなる思
>いだ。
>
>あの格好は何とか言う即席で謎がけを解いてみせる漫才コンビがしたのを
>見たのが最初だったと思う。今や一般人までに大流行である。一般の若者
>が軽佻浮薄なタレントの真似をする流行が情けない。
>
>*野球のカタカナ語:
>8日からだったか高校球児の憧れ、甲子園の野球が始まった。ここで何も
>甲子園野球の中継だけを槍玉に挙げるのは不公平、イヤ、民主的ではない
>かも知れない。だが、くさしておこう。
>
>野球のカタカナ語はその99%が造語であって、英語の通りなのは「ストラ
>イク」と「ボール」、「アウト」と「セーフ」くらいだと敢えて言ってお
>く。兎に角「ピッチャーが良いストレートを投げ」て、それが「アウト
>コース」に決まるか、時には「デッドボール」にもなってしまう。
>
>そして次には4番打者が「ネクストバッターズサークル」に控えていたり
>するのだ。昨日も「見事なバックホーム」で得点を許さなかった場面が
>あった。
>
>多くの方がそれが「日本語となって通用しているのだから、目くじら立て
>ることはないじゃないか」と言われるが、当にその通りであり、放ってお
>いても良いこと。だが、NHKのご用解説者は兎も角、アナウンサーさんた
>ちはあのカタカナ語に対する英語がどうなっているかくらいを心得ている
>のかなと問い掛けたくなる。「ランニングホームラン」や「ランニングス
>ロー」が文法的に奇怪であると考えても良いのじゃないかな。
>
>*サザンオールスターズとAKB48とジャニーズ:
>私はこの程度の連中をCMに使いたがる広告宣伝会社も兎も角、スポンサー
>様方が如何に消費者を見下しているのかと思う時、とても情けなくなって
>しまう。しかも、多くのミーちゃんとハーちゃんは彼らを崇め奉って、コ
>ンサートなり何なりに殺到する。その昔「蓼食う虫も好き好き」という格
>調高き諺があったが、これらの何処をお好きでも、私が介入することでは
>ない。だが、良い趣味だとは思えないのが残念だ。
>
>だが、何としても気に入らないのは「あの程度の芸人(の域に達している
>のは桑田佳祐一味だけだろうが)を出しておけば、視聴者が喜んでCMを見
>るもの」と決めつけているかの如きスポンサー様も、国民の民度が低いと
>思い込んでいるかの如きで情けないのだ。
>
>こんなことだがから、アメリカでどんな階層の者たちの中で流行っている
>かを知らないようで、学校教育の科目の中にダンスを取り入れたりする官
>庁があるのだ。何時になったらマカーサー時代の愚民教育から脱却できる
>のか。だが、遺憾ながらすでに彼が目指した愚民を十分に育て上げてし
>まった間が否定できないのが情けない。
>
>
>
>━━━━━━━━━━━━━━━━
>命の使い方 〜 『永遠のゼロ』から
>━━━━━━━━━━━━━━━━
>
>
> 伊勢 雅臣
>
>■1.「僕の心はきれいな水で洗われたかのごとく清々しさで満たされた」
>
>百田尚樹氏の『永遠のゼロ』が売れ続けている。すでに240万部に達し、
>年末には映画も公開される。その裏表紙には、内容をこう紹介している。
>
>「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた
>男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、健太
>郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像
>に戸惑いつつも、1つの謎が浮かんでくるーー。記憶の断片が揃う時、明
>らかになる真実とは。
>
>小説としての出来も素晴らしい。文庫本で600頁近い大作でありながら、
>読者をぐいぐいと引っ張っていく構成と筆力は見事だ。最後の結末は圧巻
>で、芸能界きっての読書家として知られる故・児玉清氏は、「解説」で次
>のように書いている。[1,p588]
>
>なぜ、あれだけ死を避け、生にこだわった宮部久蔵が特攻で死んだのか。
>それは読んでのお楽しみだが、僕は号泣するのを懸命に歯を食いしばって
>こらえた。が、ダメだった。目から涙がとめどなく溢れた。・・・
>
>なんと美(うるわ)しい心の持主なのか。なんと美しい心を描く見事な作
>家なのか。なんと爽やかな心か。涙の流れ落ちたあと、僕の心はきれいな
>水で洗われたかのごとく清々しさで満たされた。
>
>私も同様の思いをした。人間の美しい真心を描いて、大東亜戦争を戦った
>日本軍兵士は軍国主義に騙されて無駄死にをした、という戦後のイデオロ
>ギーを粉砕している。
>
>この本が、一人でも多くの人に読まれることを願って、以下、私が二番目
>に感動したシーンをご紹介したい。一番目はもちろんラストシーンだが、
>それは読者自ら原作を読んで、「心をきれいな水で洗われる」体験をして
>いただきたい。
>
>
>■2.「お前にもぜひ聞いてもらいたいのだ」
>
>健太郎は姉と共に、かつて祖父と一緒に戦ったことのある元海軍飛行兵曹
>長・井崎源次郎を都内の病院に訪ねた。ロビーには、井崎の娘という50代
>の女性と、その息子が待っていた。息子は髪を金髪に染め、派手にペイン
>トしたオートバイ用のヘルメットを抱えている。
>
>「父は戦友会から、宮部さんのお孫さんから連絡があったと知らされた時
>は、大変驚いておりました。父の体はかなり悪くて、医者からは、あまり
>興奮するような話はしないようにと言われていましたが、どうしても会う
>と言って聞きませんでした」
>
>病室に入ると、ベッドの上に痩せた老人が正座していた。「お父さん、
>座ってなんかいて大丈夫なんですか」と慌てる娘に、「大丈夫だ」と力強
>く応えて、「井崎源次郎です」と頭を下げた。
>
>それから孫に向かって、「誠一、お前も一緒に聞きなさい」
>「俺には関係ねえこどだろ」
>「関係はないが、お前にもぜひ聞いてもらいたいのだ」
>
>井崎は健太郎の方に向き直ると、もう一度居住まいを正して、「宮部さん
>と出会ったのはラバウルです」と、ゆっくり話し始めた。
>
>■3.「何という凄腕! 何という早業!」
>
>宮部らがニューギニア島のラバウルにやってきたのは、昭和17(1942)年7
>月だった。皆に挨拶があって、解散してから、宮部は井崎に「よろしくお
>願いします」と声をかけた。
>
>階級章を見ると一飛曹(一等飛行兵曹)で、下士官の一番上の階級であ
>る。一飛兵(一等飛行兵)の自分とは、とてつもない差がある。井崎は慌て
>て「こちらこそ、よろしくお願いします。わたくしは井崎一等飛行兵と言
>います」と大きな声で答えた。
>
>「自分は宮部久蔵一飛曹です。よろしくお願いします」と軽く頭を下げ
>た。こんな丁寧な口をきく上官にあったのは初めてだった。よほど育ちが
>良いのか、あるいは馬鹿なのか、どちらかだと思った。
>
>翌日、ポートモレスビーに出撃。ここには連合軍の基地があり、ここを奪
>えばオーストラリアはすぐ先にある。一小隊3機、3小隊の9機編成で、
>一番後方の小隊の2番機が宮部、3番機が井崎だった。
>
>スタンレー山脈を越え、わとわずかでポートモレスビーが見える地点に来
>た時、突如、上空の雲の隙間から敵機が襲いかかってきた。隊の一番、後
>方に位置していた井崎機に、敵の一番機が背中から食いついてきた。「や
>られる!」と井崎は思った。
>
>その時、井崎機を狙っていた敵戦闘機が突然火を吹いて吹き飛んだ。次の
>瞬間、井崎の目の前を1機の零戦がすごいスピードですり抜けた。宮部機
>だった。宮部は更にもう1機を撃墜し、旋回して逃げようとする敵機の背
>後に鋭い旋回で回り込み、一連射で撃ち落とした。
>
>この間、僅か数秒。何という凄腕! 何という早業! 井崎は鳥肌が立っ
>た。この頃の零戦は世界の戦闘機の中でも抜きんでた性能を誇っていた
>[a]。その名機を宮部は完璧に使いこなしていた。
>
>
>■4.「敵を堕とすより、敵に堕とされない方がずっと大事だ」
>
>空襲を終えて基地に戻ると、井崎は真っ先に宮部に礼を言いに行った。宮
>部は笑っただけだった。 しかし、その後、一緒に戦っていると、ただ一
>つ、ひっかかる事があった。宮部はひっきりなしに後方を振り返り、また
>死角となる下方を見るために背面飛行も頻繁にやる。乱戦になると、いち
>早く逃げ出して、同じように戦域から逃れてきた敵機を狙う。臆病者かと
>思った。
>
>やがて宮部が小隊長になり、井崎はそのまま列機を務めるようになった。
>「他の小隊から妙に思われるので、丁寧言葉はおやめ下さい」と、井崎は
>頼んだ。
>
>宮部の消極的な戦い方を物足りなく思った井崎は、一度、小隊を離れて、
>敵戦闘機の背後にへばりついた事があった。敵機を撃ち落としたと思った
>瞬間、後ろから撃たれた。2機の敵機が背後から挟み撃ちするようにくっ
>ついている。左右どちらに逃げてもやられる。井崎は死を覚悟した。
>
>次の瞬間、敵の銃撃が止んだ。後ろを見ると、一機の敵機が火を噴いて錐
>揉み状態で墜ちていった。もう一機は急降下で逃げていった。後ろには零
>戦が一機いた。宮部機だった。宮部に命を救われたのは、これで2度目
>だった。
>
>基地に戻った時、礼を言う井崎に、宮部はにこりともせずに言った。「い
>いか、井崎。敵を堕とすより、敵に堕とされない方がずっと大事だ。たと
>え敵機を討ち漏らしても、生き残ることが出来れば、また敵機を撃墜する
>機会はある。しかし、一度でも撃ち落とされれば、それでもうおしまい
>だ」 死を覚悟した直後のせいか、宮部の言葉は心の底にずっしりと響いた。
>
>「私がこの後、何度も数え切れないほどの空戦で生き延びることが出来た
>のも、この時の宮部小隊長の言葉のおかげです」とベッドの上の井崎は、
>健太郎たちに語った。
>
>
>■5.「娘に会うためには、何としても死ねない」
>
>宮部はいつも夜半に宿舎を離れ、1時間以上も戻ってこなかった。ある日
>の夕暮れ、井崎が隊舎から離れた川に一人で釣りに行った帰りに、宮部が
>上半身裸になって、壊れた飛行機の銃身を片手で何度も持ち上げている光
>景を見た。
>
>宮部が立ち去った後、井崎は自分でその銃身を持ち上げようとしたが、重
>くてまったく持ち上がらない。両手でやっと持ち上げることができた。こ
>れを片腕一本で上下動させられるとはなんたる怪力。宮部一飛曹の華麗な
>る操縦技術はこの怪力に支えられていたのだ。
>
>翌日、「小隊長は毎日やっておられるのですか」と聞くと、黙って頷く。
>「今日はもうやめようと思う日はないのですか」とさらに聞くと、おもむ
>ろに胸ポケットから布袋を取り出し、その中に入っていた写真を見せた。
>それは若い婦人が生まれて間もない赤ん坊を抱いている写真だった。
>
>「6月に生まれました。ミッドウェーから戻ってすぐに生まれたのです
>が、休暇が取れず、会いにいくことが叶いませんでした。ですからまだ一
>度も会ってないのです。辛い、もう辞めようと、そう思った時、これを見
>るのです。これを見ると、勇気が湧いてきます。」
>
>それから宮部小隊長は、写真を胸ポケットにしまうと、つぶやくようにこ
>う言った。「娘に会うためには、何としても死ねない」 その顔は普段の
>温和な彼からは想像もつかないほど恐ろしい顔だった。
>
>
>■6.「無理だ。こんな距離では戦えない」
>
>8月7日、ガダルカナルの戦いが始まった。ラバウルから約千キロもあ
>る。「無理だ。こんな距離では戦えない」と、宮部は悲痛な声で言った。
>それを聞いた若い一人の士官が怒髪天を衝くが如くの形相で向かってきた。
>
>「貴様、今、何と言った」と言うが早いか、宮部の顔面を殴った。「貴様
>は宮部だな。貴様の噂は聞いているぞ、この臆病者め!」 士官はそれだ
>け言うと、その場を立ち去った。
>
>片道千キロでは巡航速度で3時間もかかる。戦闘時間は10分少々で、また
>3時間かかって戻る。その間に敵機が待ち伏せているかもしれないし、方
>位を見失って無駄な航路を取ると、燃料が足りずに帰還できなくなる恐れ
>もある。
>
>その日、出撃した17機の零戦のうち、帰還できたのはわずか10機だった。
>その後に日本海軍のエース・パイロット坂井三郎[b]も重傷を負って、な
>んとか帰還した。宮部と井崎は、翌日出撃し、なんとか無事に帰還した
>が、爆撃機の方は大半が帰還できなかった。そんな戦いが連日続いた。
>
>
>■7.「貴様が死ぬことで悲しむ人間がいないのか」
>
>10月のある日も宮部の小隊はガダルカナル攻撃に参加したが、3番機の小
>山上等兵は宮部の命令を無視して、敵を深追いして、グラマンを2機撃墜
>した。しかし、それによって燃料を使い過ぎた。
>
>ラバウルへの帰還途中、小山は「ラバウルに帰れそうもないから、ガダル
>カナルに戻って自爆する」と合図をしてきた。宮部は「何とか頑張って、
>帰還しろ」と合図し、燃料を節約するための高度や速度で細かい指示を小
>山に与えた。
>
>しかし、基地まであと10分という所で燃料が尽き、小山機は海上に不時着
>して沈没、小山は海に飛び込んだ。基地に帰還した後、すぐに水上機を向
>かわせたが、すでに小山の姿はなく、数匹の鱶(ふか)が泳いでいた、と
>いう。
>
>井崎は悔しさのあまり、宮部を問い詰めた。「どうして小山に自爆させて
>やらなかったのですか?」 宮部は「飛び続ければ助かるかもしれない
>が、自爆すれば、かならず死ぬ。死ぬのはいつでもできる。生きるために
>努力をすべきだ」と答えた。
>
>「どうせ、自分たちは生き残ることは出来ません。もしわたくしが被弾し
>たなら、潔く自爆させてください」と井崎が悔し泣きしながら訴えると、
>宮部はその胸ぐらを掴んで、こう言った。
>
>
>「井崎! 馬鹿なことを言うな。命は一つしなかい。貴様には家族がいな
>いのか、貴様が死ぬことで悲しむ人間がいないのか」。
>
>その時、不意に5歳の弟、太一の顔が脳裏に浮かんだ。泣きじゃくる顔が
>見えた。後にも先にも宮部に怒鳴られたのは、この時だけだった。しか
>し、この時の宮部の言葉は、井崎の心に深く沈んだ。
>
>
>■8.「なぜ、今日まで生きてきたのか、今、わかりました」
>
>その後、井崎はラバウルを離れ、空母「翔鶴」の搭乗員となった。昭和
>19(1944)年のマリアナ沖海戦で、敵戦闘機と激しい空中戦の結果、燃料タ
>ンクを撃ち抜かれた。もはや母艦にも帰れず、せめて敵機を道連れにして
>やれと、体当たりを決意した。
>
>その時、宮部の怒鳴り声が頭の中に響いた。「井崎! 貴様はまだわから
>ないのか!」 同時に幼い弟の顔が浮かんだ。井崎はなんとか敵機の編隊
>から抜け出し、海面に不時着してから、9時間も泳いで、グアム島に泳ぎ
>着いた。何度も諦めかけたが、その都度、「兄ちゃん、兄ちゃん」と泣き
>ながら呼ぶ弟の顔が浮かんできて奮い立った。
>
>「しかし本当に私を助けてくれたのは、宮部小隊長だったと思っていま
>す」と、ベッドの上で井崎は語った。そして、こう続けた。
>
>「実は、私は、ガンです。半年前に、医者からあと3ヶ月と言われまし
>た。それがどうしたわけか、まだ生きています。
>
>なぜ、今日まで生きてきたのか、今、わかりました。この話をあなたたち
>に語るために生かされてきたのです」。[1,p252]
>
>その時、井崎の孫が大きな声で泣き出した。その母親もハンカチで目を抑
>えていた。健太郎の姉も嗚咽を漏らしていた。
>
>井崎は窓の外の空を見つめて言った。「小隊長、あなたのお孫さんが見え
>ましたよ。二人とも素晴らしい人です。男の子はあなたに似て、立派な若
>者です。小隊長---、見えますか」
>
>しばらく後、井崎源次郎の訃報を受けとった。焼香の時、孫の誠一を見か
>けたが、長い髪は短くなり、金髪は黒くなっていた。言葉は交わさなかっ
>たが、健太郎に深々と頭を下げた。
>
>健太郎の中でも変化が起こっていた。しばらく諦めていた司法試験にもう
>一度挑戦してみようという気になっていた。かつて人々のために尽くした
>いと弁護士を志した気持ちを取り戻したのだった。
>
>家族や世のため人のために自分の命を使おうと思えばこそ、その大切さに
>気がつくのである。
>
>
>■リンク■
>
>a. JOG(475) 零戦 〜 世界の航空常識を覆した3日間
> 1941年12月8日からの3日間に、世界の航空史は新しい時代を迎えた。
>http://www2s.biglobe.ne.jp/%257enippon/jogdb_h18/jog475.html
>
>b. JOG(174)_大空のサムライ〜坂井三郎
> 撃墜王の「苦難と勇壮の物語は、万人の胸にうったえる」とニューヨー
>ク・タイムズは評した。
>http://www2s.biglobe.ne.jp/%257enippon/jogbd_h13/jog174.html
>
>■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
> →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
>
>1. 百田尚樹『永遠の0』 ★★★、講談社文庫、H21
>http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/406276413X/japanontheg01-22/
>
>
>━━━━━━━
>話 の 福 袋
>━━━━━━━
>
>
> ◎●●◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇写真情報網
>
>*******週刊AWACS 2013年8月11日********
>
>8月15日の敗戦日は靖国神社に行きま
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